2018年7月18日水曜日

フットボール育成における練習の原則<指導者の苦悩>






子どもたちとフットサルに携わる時間は幸せだと思う。楽しめない、幸せを感じれない、そういう時は自分に問題がいつもあった。選手たちや保護者のみんな、クラブに関わるみんなにはありがとうの想いが尽きない。

長い時間をそこにかけてきているが、それでも育成の練習は簡単ではない。選手たちの反応をみると、指導者としての人間性が求められていることを感じる。フットボールの勉強はできても、「人間性を教える」勉強って何?

人間性を伝えたいなら、自らの人間性を磨くしかない。教えることを学ぶ方法はこれしか浮かばない。でも人間性を磨くってどうやって?

選手たちと接する練習時間。ここに多くの学びがあり、彼らから学ばせて頂く。しかし、他に何があるだろう?たくさんの人と話すこと?本を読むこと?おそらく、何って言えることではない。どこにあるか、それもわからない。

「忍耐」が必要な時もあり、「忍耐」が邪魔をするときもある。

フットボールの勉強をすることは、好奇心と対象物があるので難しくない。「全てがボールで展開される」ように、「リアルなシチュエーションで統合された個別の様相」を働きかけるように、そして「試合を通じた形成」となるように、学ぶのみだから。

しかし、その裏には「動機付けと楽しさ」が必要。勉強をしたように練習を行う、それは理論的には選手たちを向上させるものだろう。しかし、彼らの動機に順応していないとならない。楽しさへ繋がっていくものでないといけない。セッションのプランを立てたとしても、その時の選手たちに応じてプランを変更させることは少なくないだろう。熱意により納得してもらうこともあるだろう。選手たちに助けられることは、いつもだろう。

選手の年代によって、異なるものがある。選手によって、異なるものがある。その異なるもの知って、その異なるものにどう対応するか。人間性を教えるなんていう指導者の役割は、たいそうなことですね