2018年8月27日月曜日

フットサルはフットサル。ひとつのスポーツとしてのフットサル






日本のフットサルというスポーツは、サッカーのチームが大会に出たり、サッカーを辞めてからフットサルをやったり、サッカーの育成で育ってきた選手が土台となったり、そういうのが日本のフットサル文化。サッカーの繁栄やサッカーの努力があって今はフットサルというスポーツが成り立っているよう。サッカーが上手くなりたいからフットサルをやる、大抵の選手がそう。しかし、フットサルはフットサルというスポーツであるため、フットサルの育成によって生まれてきた選手が増えてこないと日本のフットサルレベルや観る楽しさには限度があります。




最近は、フットサルがサッカーに活きるとよく言われています。それを受け入れてくれるサッカーの指導者たち。逆に受け入れてくれない指導者もいますが、それも当然のこと。スポーツが違うのだから。スペインではフットサルとサッカーは似たスポーツとして理解されていますが、フットサルからサッカーが学んでいたり共同しているようには思えません。スペインを知っている指導者の方々はどう感じているのでしょうか。サッカーの研究の方が先に進んでいて、そこからフットサルは学んでいるように思えます。


スペインの公式リーグは、フットサルに登録している選手はサッカーには出れません。サッカーに登録していたらフットサルには出れません。サッカーチームがフットサルの大会に出ることはありません。しかし、玉蹴りの入り口はフットサル、それは学校にグラウンドはなく20-40mのハードコートを備えているためです。日本ではサッカーの発展に伴いフットサルの需要が生まれ、さらに発展させるためにフットサルをサッカーに関わらせるような形ですかね。しかし、その関わらせ方は元サッカー選手を呼んできたりサッカーにはフットサルが活きるといった形式でしかなく、フットサルというスポーツの面白さを波及させることはできていないように思います。




フットサルは5人で行うスポーツであるために趣味として始めやすく、参加した場合にはいつもプレーに関わるので没頭しやすく楽しさを得ることが多いです。それは大人であっても子供であっても同じことであり、フットサルの大きな特徴となっています。コートが小さいためにイベントとして行うには規模が小さくなりがちですが、その小ささがスペクタクルと親近感を生みます。存在しやすいものになるポテンシャルがあります。やってみると、すごく楽しいスポーツだと感じます。足で扱うことによるちょっとした難しさと、そのために協同すること、一緒にそのスポーツに取り組むと仲間になれます。

今、日本のフットサルはサッカーに支えられている状況ですが、支えられながらそのスポーツの普及に挑戦したいです。