2018年9月4日火曜日

子どもは親の誇りを感じることが好き。親に恥をかかせることは嫌。





子どもにとって親が認めてくれることは、いつになっても好きなことです。もし、いつも親が認めてくれていれば子どもは大きな心の拠り所を持つことになるでしょう。何か辛いことがあっても、そこに行けば癒される。誰にでも、そういう場所が必要であり子どもにとってそれは親であることでしょう。

違う場所で、過ちをおかしてしまった場合、一番に頭に浮かぶのは親の顔でしょう。親が怒らなくても、子どもはもうわかっています。過ちをおかしてしまった時でも、子どもの心の拠り所は親にあります。もし、そんな場所をとりあげてしまった場合に子どもは迷子になってしまいます。

親はそういう存在にあります。しかし躾をしないといけないと親は思い、それを見失う傾向にあります。子どもの行動に対して、伝えたいことが生まれてくるのは当然でしょう。怒るぐらい気持ちを乗せて伝えることだってあるでしょう。でも、それは個人的な意見を伝えるまでにしましょう。そして、それを受け入れるかどうかも、受け取る子ども次第です。でも、親が親としてではなく、1人の人として伝えたいことは、気持ちを乗せて、きっちりと伝えるべきです。親だって人ですから、好きなことと嫌なことがあります。それを理解し合うことは重要です。
理解し合う力、それが非常に重要なことだと思います。日本で言う、厳しさ、規律、そういうものが理解とは違う道を進ませているような気がします。

伝える時に、例えとして他人やみんなを出すことは良くないです。その人はその人です。他の人は関係ないです。罰や恐怖を使って伝えることも良くないです。その人の感情を乱すこととなるでしょう。

親もひとりの人であり、子どももひとりの人です。親が子どもの人生を決めることはできません。今、子どもに何かをやらせているようであれば、将来それは台無しになる可能性は高いです。子どもは将来、やらされていたことに後悔するでしょう。何かをやらせている今、その今という時間は何の価値もないものだと後になって気づくことでしょう。ひとりの人として認めましょう。そして、親、という子どもの心の拠り所が存在し続けていくでしょう。